視線と文化

◎世界という世は兎角窮屈だ。互いに見下しあっているとさらに肩身が狭くなる。どうして、都市では視線を逸らしあっていそいそと歩くのか。これでは巡礼もはじまらない。

◎北山修は、浮世絵には蛍やら鳥やら消えゆくものを母子が眺める「共視」(共同注視)の構図が夥しいことを指摘する。また、浮世絵の芝居絵で場面を描くのではなく、浮絵(透視図法)の手法で芝居小屋の中まで描いて見せるのも、描かれている観客とともに浮世絵を視るものまでをも「共視」に引きこんでいるのではないか、というのは田中優子の指摘(鳥居清忠『仮名手本忠臣蔵』など)。

◎おそらく共視には語りが伴っている。子を背負っている母の「ほらてふてふ」という声が聞こえてきそう。浮世絵の芝居小屋のなかからは、遠くの舞台の役者の台詞から観客のお喋りまでが聞こえてきそうだ。寺社の縁起や由緒、妖怪の伝説などもそこで語りに語られて共視を起こしているのだろう。歌枕の絶景には歌や土産話という語りが伴っている。

◎江戸という町は金魚の売り声から落語、瓦版屋から見世物小屋の呼び声、井戸端会議まで語りで溢れかえっていた。花火から百鬼夜行まで江戸の町のいたるところで共視が起きていた。みな目を伏せるよりも目を剥き出して歩いていたろう。おそらくそれが江戸の視覚文化を生んだのではないか。

※参考
『共視論 母子像の心理学』(北山修=編、講談社メチエ、2005)
『仮名手本忠臣蔵七段目謀酔の段』(神戸市立博物館蔵)