大宮富士

明治期の写真家、日下部金兵衛が富士山本宮浅間神社の湧玉池から流れる神田川と川沿いの集落を神田橋付近から撮らえた光景です。

金兵衛は天保12年(1841)に甲府で生まれ、絵師を志し、17歳頃江戸に出たといわれています。その後、横浜でフェリーチェ・ベアトの写真所で彩色師として働きました。

ベアトは幕末に来日し以後明治初年にかけて、日本各地の風景や多くの事件の撮影をした写真家です。

金兵衛はベアトから独立後、横浜で写真館を開業しました。外国人用に美しく彩色された写真を
貼付けて、お土産用アルバム写真「横浜写真」と呼ばれるものを制作し販売しました。
そこにあった「KINBEI」の名前は世界的に知られる様になりました。

日本ではずっと忘れられた存在でしたが、昭和54年に海外で「Japan: Photographs 1854 – 1905」
という写真集が発行され再び金兵衛の再評価へと繋がって行きました。

この手彩色絵葉書は金兵衛の作品から起こした物と思われます。著作権が確立していないこの時代、公認、未公認問わず(まあ、ほとんどが未公認でしょうが)かなり多く発行されてい
ます。金兵衛の事は、ウェストンの記述の中に出てきます。

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